緊縮財政政策 tight financing policy 2003 7 16

 株価が少し回復して、多少、余裕ができたでしょうから、
改革というテーマを考えましょう。
 人間は、余裕がない時、不幸の最中にある時、
改革しろとか、反省しろとか言われても、なかなか、できないものです。
こういう時は、反省よりも、プラス思考でいかないと、うまく行きません。
むしろ、成功した時や、調子がいい時こそ、反省や改革をすべきです。
 緊縮財政政策が、悪く言われていますが、
この政策が、悪いと決めつけるのは、早すぎます。
 この政策が悪となるのは、次の条件の時です。
緊縮財政政策に行政改革が伴わない時。
緊縮財政政策に規制緩和が伴わない時。
この時、緊縮財政政策は悪となります。
 緊縮財政政策が失敗するとしたら、
行政改革ができなかった、規制緩和ができなかった。
これが原因となります。
歴史的な汚点となるでしょう。
 後世の歴史家は、緊縮財政政策が失敗した原因として、
行政改革ができなかった、規制緩和ができなかった。
これは、歴史的汚点となったと書くでしょう。
行政改革も規制緩和も、まだ入り口のところですから、
これから期待しましょう。
みんな賢明ですから、後世の歴史家から、汚点と書かれるのは、いやでしょうから。
 過去の歴史を振り返れば、
強力な労働組合があった国鉄を大改革できたのです。
今は、国鉄の労働組合のような強力な労働組合はありません。
あの当時に比べれば、楽なものでしょう。
 最近の大臣は、名誉職化していると言われます。
しかし、昔も、大臣職は、名誉職みたいなものでした。
昔も、名誉職の大臣、事務次官役の大臣と、無能の大臣は、多かったです。
こういう時は、首相と補佐役が、がんばる必要があります。
無能の大臣を任命したのは、首相の責任です。
 公共事業も、1年間、全額、凍結して、
1年間かけて、公共事業のあり方を考える必要があります。
公共事業がすべて凍結されても、日本が死ぬわけではありません。
公共事業とは、たばこのようなものです。
日本にとって、ないと不愉快だが、なくても死ぬわけではない。
 1年間かけて、公共事業を徹底評価して、
評価に耐えうるものだけ残して、再来年から再開すれば、いいことです。
 どの公共事業を廃止するか決めるとなると、ケンカになりますので、
すべての公共事業を廃止して、必要なものだけを復活すればいいのです。
 今まで、日本は、非効率な公共事業で、
何十兆円もの税金をドブに捨ててきました。
過去の累積まで入れると、百兆円以上、ドブに捨てたでしょう。
 公共事業の評価をすべきです。
過去、20年にさかのぼって、評価すべきです。
これをしないと、また同じような過ちを続けます。
ともかく、「競争がないと、サービスが低下する」という典型的な見本を、
大量に作ってきましたね。